健康経営に東洋医学を取り入れる意義
企業が持続的に発展していくためには、従業員の健康が欠かせません。
近年では「健康経営」の重要性が高まり、病気の治療だけではなく、日頃からの健康づくりを企業が支援することが求められています。
このような流れのなか、東洋医学の考え方を健康経営に取り入れることが注目されています。
東洋医学は「未病(病気とまではいかないが健康ともいえない状態)」にアプローチし、心と体のバランスを整えることで、健康な状態を維持する知恵を体系化しています。
企業がこの哲学を活かすことで、従業員の安定したコンディションと業務パフォーマンスの向上が両立できると考えられます。
東洋医学の知恵で従業員の健康を守る
企業で取り入れやすい施策の一例として、以下のような取り組みが考えられます。
漢方茶の提供: 疲労回復やリラックス効果のあるお茶を福利厚生として提供する。
体調管理に関する情報提供: 季節に応じたセルフケアや予防法を中医学の視点で発信する。
ツボ押しやストレッチの紹介: 肩こり・腰痛などの軽減を促進する。
薬膳メニューの導入: 社員食堂で体質や季節に合わせた食事を提供する。
特に夏場は「熱中症対策」が重要となる季節です。
ここに東洋医学の知恵を取り入れることで、より実効性のある健康施策が実現できます。
熱中症対策に生脈散(しょうみゃくさん)を活用
夏場は、発汗による水分・エネルギーの喪失から体調不良が生じやすくなります。
重度の熱中症に至らなくとも、「軽度の熱中症」やその一歩手前の状態で、集中力の低下や倦怠感が現れ、業務効率が下がるといった課題が発生します。
これはいわゆる「プレゼンティーズム(出勤しているがパフォーマンスが落ちている状態)」につながる懸念でもあります。
このような背景から、企業には、重症化する前に対処するといった未病の段階でのケアが求められます。
東洋医学において、この状態に対応する代表的な処方が「生脈散(しょうみゃくさん)」です。
これは「気」と「陰(潤い)」を同時に補う処方であり、発汗による脱水・疲労・動悸・口渇などの症状改善に効果的です。
中国では夏季の定番薬として広く使用され、病院でも点滴薬として導入されています。
企業の現場でも、従業員の「なんとなく調子が悪い」を見逃さず、生脈散のようなアプローチでケアする仕組みをつくることが、より質の高い健康経営につながります。
生脈散の構成と中医学的効能
生脈散は、以下の3つの生薬から構成されています。
人参(にんじん): 補気薬。脾肺の気を補い、疲労・無気力・息切れを改善します。また、麦門冬・五味子と併用することで、潤いを生み、渇きを抑える「生津止渇」の効果がより発揮されます。
麦門冬(ばくもんどう): 養陰薬。肺・胃・心を潤し、乾燥・口渇・ほてり・不眠を緩和します。陰虚(体内の潤いが不足した状態)によるほてりや空咳にも有効です。
五味子(ごみし): 収斂薬。汗などの「出すぎ」を抑える収斂作用があり、気や陰(潤い)の無駄な消耗を防ぎます。また、安神作用によって精神的な疲労や不眠への効果も期待されます。
この組み合わせにより、「補気・養陰・斂汗」の3つを同時にかなえ、体力と潤いを補いながら汗の出すぎを抑えるという夏に理想的なバランス処方になっています。
生脈散をベースにした市販製品:麦味参顆粒のご紹介
生脈散を基にした製品として、日本では「麦味参顆粒(ばくみさんかりゅう)」が市販されています(例:イスクラ産業などが製造)。
その特長は以下の通りです。
・疲労回復・脱水対策・熱中症予防に有効である。
・スポーツドリンクに溶かすと吸収効率が高まる。
・第2類医薬品として保険調剤薬局・漢方相談薬局で購入可能である。
漢方相談薬局では、麦味参顆粒がない場合でも、同等処方の製品やオーダーメイドの煎じ薬を紹介してもらえる場合もあります。
初めての方は薬剤師や国際中医専門員への相談がおすすめです。
導入と実践のポイントは「その2」へ
導入に際しての実践ポイントについては、「その2」でお話させていただきます。
山本 久
中小企業診断士
健康経営アドバイザー
漢方薬剤師(国際中医専門員)
参考文献
神戸中医学研究会『中医臨床のための中薬学』東洋学術出版社(2011年)
神戸中医学研究会『中医臨床のための方剤学』東洋学術出版社(2012年)