老舗・増幸産業が、ブライト500を4年続けられる理由
埼玉県川口市の増幸産業株式会社は、江戸後期の創業から今年222年を迎えました。
江戸時代には大砲を造る鋳物業を営んでいましたが、昭和に入ってからは「ダイヤモンド以外のあらゆる物質を超微粒化する」粉砕機メーカーとして活動しています。社員数は24名と少数精鋭の会社が、健康経営優良法人を6年連続で認定され、そのうち上位500社に贈られる「ブライト500」を直近4年続けて獲得しています。
大企業のような専任チームがあるわけではありません。旗を振るのは、総務部係長の荒木喜三代さん。
たった一人の窓口が、経営トップと現場の社員をつなぎながら、これだけの取り組みをどう回しているのか。
きっかけ、苦労、成果、そしてこれから。等身大の言葉で語っていただきました。
※冒頭の写真
企業キャラクターと並ぶ社員のみなさん(ブルーが90周年マスコットのMAXくん、ピンクが95周年マスコットのMIRAIちゃん)。「どうせやるなら 楽しく 笑顔のある人生をしよう」の社風が伝わる一枚
会社概要
| 項目 | 内容 |
| 会社名 | 増幸産業株式会社(マスコウサンギョウ) |
| 所在地 | 埼玉県川口市本町1-12-24 |
| 事業内容 | 超微粉砕機の製造販売 |
| 創業/設立 | 創業1804年/設立1922年(2026年に創業222周年) |
| 代表者 | 代表取締役会長 増田幸也/取締役社長 増田真也 |
| 従業員数 | 24名 |
| 健康宣言 | 2017年「どうせやるなら 楽しく 笑顔のある人生をしよう」(川口工業健康保険組合の「健康経営推進宣言」) |
| 認定・表彰 | 健康経営優良法人 6年連続(2021年〜)/うちブライト500 4年連続(2023〜2026年)/多様な働き方実践企業(プラチナ認定)/埼玉県SDGsパートナー企業/スポーツエールカンパニー/川口の元気経営大賞 優秀賞 |
| 加入健保 | 川口工業健康保険組合 |
一人の社員を失って ―― 健康経営の出発点
増幸産業の健康経営は、悲しい出来事から始まりました。
「まだ私が入社する前のことですが、若手の社員が、がんで急に亡くなってしまったと聞いています。
写真を見る限り、30代半ばから40代くらいの方でした。その経験があって、『社員の健康を守ろう』と、当時の社長である今の会長が動き始めたんです」
会社が「健康経営推進宣言」を掲げたのは2017年。とはいえ、当初は体の健康に絞った活動でした。
「最初は、年に一度のウォーキング大会でしたが、距離を伸ばしてずっと続けてきました。数年前に国の健康経営優良法人の制度が整ってきて、その項目に沿って、体の健康だけでなく、心の健康や職場環境まで、少しずつ範囲を広げていったんです」
背中を押したのは、外部の人とのつながりでした。商工会議所や埼玉県庁からの情報、そして会長の幼稚園からの幼なじみだったという社会保険労務士の存在も、大きな後押しになりました。
「その社労士さんが『健康経営優良法人の認定を取ろうよ』と声をかけてくれたんです。その方がいなければ、ここまで来ていなかったと思います」
「攻める総務」が、たった一人で回す

健康経営を一手に担う、総務部係長の荒木さん
健康経営優良法人を本格的に目指すと決まったとき、担当に就いたのが荒木さんでした。専門知識があったわけではありません。
「とにかく調べまくりました。認定を受けている会社のホームページを見ては、『こんなこともしているんだ』と。初めは真似っこですよね。『これをやりたい』『あれをやりたい』と、社長にどんどん提案書を持っていきました。『意味がない』と却下されるものもありましたが、うちの会社は何でも『やってみていいよ』と言ってくれるので、任せてもらえるうちに、取り組みがどんどん増えていったんです」
「任せてもらえた」。その言葉の背景には、荒木さん自身の意識の変化がありました。
「ちょうど中堅社員になった頃で、『総務って何でも屋さんだな』『自分はどんな価値でこの会社にいるんだろう』と悩んでいた時期でした。そんなときに受けたセミナーで、『総務が強い会社は強くなる』『攻める総務になりましょう』という話を聞いて。そこから自分の仕事の仕方を変えたら、それを汲み取ってもらえて、どんどん任せてもらえるようになった。本当に嬉しかったです」
一人で旗を振りつつも、進め方には型があります。6月決算の同社では、新しい期が始まる前に、来年度の健康経営のテーマを社長との面談で提案するのが恒例です。
「『これに取り組みたい理由』『どんな方法でやるのか』『目指す姿は何か』を、細かく資料にして出します。経営陣の理解と承認がないと、一人ではこの活動はできませんから。承認をもらって初めて、社内全体に『こういうことをやるので協力してください』と流していくんです」
社員全員と向き合う ― 専門職との連携

自社製の超微粉砕機を前に。安全第一の現場にも、自然と笑顔があふれます
増幸産業の取り組みで、ひときわ手厚いのが保健師面談です。きっかけは、ここでも社労士さんでした。
「社労士さんが、産業医さんとのコラボで会社の健康経営を支える、という枠組みを立ち上げようとしていて。『うちが第一号でやりたいから、お客さんになってくれない?』と。そうしてヘルスデザインさんという、産業医のいる会社を紹介していただいたんです」
保健師面談はもう4年目になります。健康な人は年2回・1回20分、健康リスクのある人には保健師さんから声がかかり、毎月のように面談する人もいます。日程は荒木さんが2か月前から全社チャットで割り当て、「この時間は必ず空けておいてください」と依頼します。
率直に言えば、現場から歓迎する声ばかりではありません。
「忙しいときに『面談です』と20分取られることが、逆にストレスだと、きつい声をいただくこともあります。それでも『今は目先の仕事が忙しくても、健康でなければ仕事は続けられません。お願いですから受けてください』と。これは経営陣の、皆さんに健康でいてほしいという願いでもあるんです」
その手厚さが、実を結んだ場面がありました。
「大きな大腸の腫瘍が見つかった社員がいたんです。保健師さんに『すぐ病院へ』と口を酸っぱく言われて検査に行ったら、『これ以上遅かったら大変なことになっていた』と言われたそうです。『ありがとう』と言われたときは、本当に嬉しかったですね」
体だけではありません。
「メンタルを崩す社員も、ときどきいます。私たち社内の人間には言えなくても、保健師さんには秘密を守ってもらえるので、『なぜ今つらいのか』を話せる。社員にとって、心の拠り所になっているんじゃないかと思います」
同社の年齢構成は、最も多いのが40代後半。最年長は65歳で、20代・30代は数えるほど。全体に高齢化が進むなかで、一人ひとりと向き合う面談の価値はいっそう高まっています。
トップが、自ら手本を見せる
健康経営は経営トップの姿勢で決まる。取材を通じて、その言葉を何度も実感しました。
増田幸也会長は、健康への熱量が群を抜いています。
「会長は、認定を取るずっと前から、社員全員参加のウォーキング大会を続けてきました。完走するために普段からトレーニングを重ね、食事も管理していらっしゃいます。『一年がんばった成果が、この大会の結果になるんだよ』と。しかも、言葉でモチベーションを上げるのではなく、自分が体を鍛えている姿、マラソン大会に出た報告を社内でする姿で見せてくれるんです。年上の会長があれだけやっているのに、私たちが負けるわけにはいきません」
一方、一昨年に就任した現社長(会長のご子息)は、まったく違うタイプだといいます。
「会長が『さあ行くぞ!』という昭和のお父さん像だとすれば、社長はとても穏やかで優しい方。社員一人ひとりの心の状態や、働きやすい環境を考える方なんです」
その社長が始めたのが「社長の日」です。月に一度、社長が個室に朝から晩までいて、話したい社員は誰でも一対一で、どんな話でもできる。
「声を上げられる社員ばかりではないので。不満を溜め込んで辞めようと思ってしまう人もいるかもしれない。だったら自分が直接聞こう、と社長が自ら始めた取組なんです。『一緒に飲みに行ってほしい』と言った社員もいれば、仕事やキャリアの悩みを相談した社員もいたようです。心の健康を支えようとしてくれています」
トップが代わったことは、荒木さんの仕事のしかたも変えました。
「先代(現会長)とは阿吽の呼吸で、『やりたいんです』と言えば『やってみな』と。物事がパッパッと早く進んでやりやすかった。今の社長とは、『なぜそれをやるのか』『経費はどうなのか』と細かく打ち合わせを重ねます。最初は戸惑いましたが、おかげで『やってみたい』だけでなく、目標をしっかり立てて進められるようになった。担当者として、自分も一皮むけた気がしています」
費用補助の手厚さにも、トップの存在が効いています。同社は人間ドック・脳ドック・予防接種・健康診断の費用を、社員本人だけでなく扶養家族まで全額負担しています。言い出したのは、会長の奥様でした。
「奥様が、自宅で経理のまとめ役をされているのですが、本当に社員思いの方なんですよ。『社員が健康に働けるのは、家庭で支える家族のおかげ。だから扶養家族の方にも補助してあげたい』と。会長の奥様の発信ですから、すぐに通りました(笑)」
人間ドックと脳ドックを合わせれば、一人あたり9万円ほどと、補助は手厚いものです。
「『全額払ってくれる会社はないんですよ』と、当たり前にならないよう、社内にアピールしています」
できなかったことを、来年の目標にする
「方針やKPI・KGIが小難しくて分からない」。他社の取材では、ここでつまずく声をよく聞きます。ところが増幸産業は、目標設定にほとんどハードルを感じていません。その秘密は、独自の「逆算」にありました。
「健康経営優良法人の申請書には、たくさんの質問項目がありますよね。『これをやっていますか』という項目を全部記録して、クリアできたところと、できなかったところをリスト化するんです。それが自社の強みと弱み。その弱みを翌年クリアするには何をすればいいか、を考えるのが目標になります」
つまり、申請書の「チェックを入れられなかった項目」が、そのまま翌年の宿題になる。
「それを一つずつクリアしていったら、活動がどんどん積み重なっていきました。去年とくに弱かったのが、男性の育休や介護休暇、それから女性の健康。社労士さんとすぐに取り組んで、就業規則も変更して、今では男性社員もどんどん育休を取っています。一度仕組みを作ってしまえば、あとは続けるだけ。それは『完了』なんです」
一方で、荒木さんは自社の弱点も率直に認めます。
「今回の申請で、PDCAの点数はブライト500の企業の中でも低いほうでした。新しいことにはどんどん取り組むのですが、一つのことをPDCAで回して改善し続けるのが、本当に弱い。そこは反省点として、これから強化したいところです」
強みも弱みも見える化し、弱みを次の一手にする。この姿勢こそ、増幸産業の健康経営が止まらない理由なのだと感じました。
「なんでこんなこと」と言われても ― 折れなかった理由
順風満帆に見える取り組みにも、苦労は絶えません。最大の壁は、社員の理解だといいます。
「健康経営は、直接仕事に関わらないと思われがちなんです。『そんなことをやっている場合じゃない、日常業務が忙しいんだ』という声も、態度も、いまだにあります。『なんでこんなことを忙しいのにしなきゃいけないの』と直接言われることもあって、ときどきへこみます」
それでも荒木さんは続けてきました。
「『まあそう言わずにやってくださいよ』と(笑)。まずは続けることだと思うので。正直、『会社のためにやっているのに、なんで私が頭を下げてお願いするの』と腹が立ったこともあります。でも、これは会社にとって必要なことだし、会社の評判が上がれば社員にとってもいいこと、新しい人が入りたいと思うアピールにもなる。だから心を鬼にして続けよう、と」
折れずに来られた理由を尋ねると、一人の社員の話をしてくれました。
「仲の良かった社員が心の病で会社に来られなくなったとき、保健師さんとの面談を『すごくありがたかった』と言ってくれたんです。保健師さんからの報告は、経営陣にも伝えてはいけない決まりです。それでも私は窓口として、家に閉じこもってしまったその人と連絡を取り続けることができました。そして、その人がまた復帰できた。『人のためになれたのかな』と、やりがいを感じられた瞬間でした」
「これ、アピールポイントになりますよ」 ― 根づいてきた風土

有志の社員が立ち上げた社内運動会。世代を超えて全力で駆け抜ける

年齢を問わず楽しめる社内運動会。ご家族も一緒に

運動会の午後は公園でバーベキュー。“おまけ付き”で参加も楽しく

お誕生日にはお決まりの胴上げ。アットホームな一体感
苦労の一方で、確かな手応えも生まれています。
「最近、社員の中からも『健康経営』という言葉が出てくるようになりました。去年から始めた社内運動会は、有志の男性社員が立ち上げて企画してくれたんです。『荒木さん、これ来年度の優良法人のアピールポイントになるでしょう、使ってね』と言ってくれたり(笑)」
運動会は、年齢に関係なく楽しめるプログラムを社員が自ら考案しました。午前中に体を動かし、午後は公園でバーベキューを楽しみます。
「土曜に休みを潰して来てもらうので、嫌にならないよう、ちゃんとおまけ付きです(笑)。評判が良かったので、毎年やることにしました」
外からの一言も、社員の意識を変えました。
「お客様が来られたときに『ブライト500を取っているんですね』と言ってくださる。そうすると社員にも誇りが芽生えて、興味を持ってくれたり、協力してくれるようになった。ここ一年ほどで、はっきり感じるようになりました」
社員が自ら立ち上がり、誇りを口にする。健康を大切にすることが「当たり前」になっていく。まさに健康風土が育ってきた姿だと感じました。
課題は「外とのパイプ」 ― そして、自分の学びも
これだけの取り組みを進める荒木さんにも、悩みがあります。
「今はアクサさんがいてくださるから、外への情報発信がかろうじてできています。でも、そういうパイプがうちの会社には少ない。外とつながれば、『こんなこともできる』というヒントが得られて、社内の活動ももっと良くできると思うんです。今は自分で調べて、自分で動くしかなくて……もっと、外の方とつながりたいですね」
実際、外部とのつながりが大きな機会を生んでいます。アクサ生命からの紹介で、会長が三郷北高校でブライト500認定企業として出張授業を行ったり、地元ラジオ局(NACK5)に出演したり。同社は公式InstagramやYouTubeでも情報発信を行っています。
「やれそうなところは、もうやっているんです。ただ、申請書を見ると、ほかにも『情報発信』に関する項目があって、『これ、どうやったらできるの?』と思うことも(笑)」
健康課題としては、社員の高齢化を挙げます。
「これまでA評価だった方が、年齢とともにB、Cになっていく。年齢だから仕方ない面もありますが、これからは雇用年齢も延びていくでしょうから、高齢になっても元気に働き続けられる仕組みづくりが課題です」
そのために、理学療法士による体力測定や個人別のストレッチ指導の日を設けるなど、「無理なく体を動かす機会」を増やしています。
担当者としての自己研鑽も怠りません。
「去年、健康経営アドバイザーの認定を取りました。その上のエキスパートアドバイザーは、教科書を見たらとても難しかったのですが(笑)、いつか窓口としてもう一段上がりたいと思っています」
これから健康経営に挑む中小企業へ
最後に、「取りたくても取れない」と二の足を踏む中小企業へ、メッセージをお願いしました。
「おこがましいのですが……私なんて、何も分からずに『ブライト500に挑戦してみよう』と始めて、一年目はダメでした。二年目に取れたんです。だから、あまり難しく考えず、まず挑戦してみる。やっているうちに、『こういうことをすれば認定につながるんだ』と分かってきます。まずはチャレンジしてみたらいいのかな、と思います」
そして、取材の締めくくりに、荒木さんはこう付け加えました。
「こうしてできているのは、やっぱり経営陣の理解があるからこそ。担当者として、本当に感謝しています。その上に、社員の理解がある。そこは、ぜひ伝えておきたいです」
トップの強いコミットメントと、現場の理解。その二つをつなぐ「攻める総務」一人の地道な歩みが、二百年企業の健康経営を支えています。一人の社員を失った悲しみから始まった取り組みは、いま、社員が自ら旗を持つ風土へと育ちつつあります。
(取材・文/健康ビジネス研究会 並木 連太郎)